たんたか短歌






旅客機の深部に入りゆく夏のそら空蝉の目でわれも眺むる
空蝉の祈るかたちに宙を抱く這い出て戻れぬ穴の真上に
やさしさの足りないままに出来上がるほろほろ崩れしマロングラッセ
ため池に風に遊ばれ迷う月親不孝の子今は照らすな
ままごとにしごいて盛った赤まんまひろこちゃんはもうふるさと捨てた
さびしいと書かれた背中見せるひとワンカップ一個レジ籠の中





       蝶の羽愁いて引きずる蟻の群れかすかな風に乗りて舞いいる
   
ふるさとを偲びてつつく常夜鍋箸が止まりぬ激しき雨音
   日本海舳先かすめる海の虹晴れてはしぐれる行く先は隠岐
   隠岐の空夕陽落として幕をひく闇に小さき星の穴あく
   陽気なる隠岐の海士町キンニャモニャ地酒飲みつつ歌い踊れば
   冬ぐれに今夜のおかずと鯵を釣る隠岐のおじさん二匹で納竿

       



   こじ開けて中身出したき柘榴の実秘密持つ身のその重さほど
   硬き実の胡桃手にして迷いいる鬼になろうか阿呆になろうか
寂しさの正体を言え落花生音も無きまま忍び寄る秋
   投げ上げて忘れ去られた朝の月もう半分は何処へ隠した
   夜はみな患者となりて医師を待つ診察台となりしベッドで
   われは今探す鬼無し かくれんぼ「もういいよ」のみ繰り返しおり

       








       夏の陽に姿勢正して藪の中ひとり黙してウバユリの花
     父危篤の連絡ありて夏の午後蝉鳴き止みて時は止まりぬ
     父さん子と言われしままのわが胸に遺影抱く日の通り雨なる
     愛されていながらわれの親不孝父母逝きて明日は迷い子
     どこか違い何かが変わる父の逝くきのうという日跨いだだけで
     さびしさを漏らすまいぞと決意した桔梗のつぼみふいに破れし



     気まぐれに来し旅人に未練なくサイドミラーに逃げてゆく街
     わが中にわれはいるかと悩む時てふてふと舞う蝶々が笑う
     山奥の悟りきったかヤマボウシ目を刺す色の白は染まらず
     子供らに遊んでもらった地蔵さんシロツメ草の花の冠
     わが名さえ知らず陽気なねこじゃらし光相手の遊び上手に
     何事もなかったような顔をしてホタルブクロは秘密ため込む

       






    わがもとへ帰れと投げるブーメラン心許なききみの約束
     前略と書いて続かぬ便箋にへのへのもへじ寂びしき笑顔
     友宛に春送りたし封筒の切手に選ぶいわさきちひろ
     かみさまのじゅうしょわからずだせぬままかいたてがみのいろあせてゆく
     つまずきて蹴り上げしかな夜の月われ見下ろして闇に転がる
     テーブルにグレープフルーツ転がりて深夜に一人月 切り分ける


       

     大人びた口調で叱る女の子苦笑いして見るままごと遊び
     地味なれど甘き夢見て枇杷の花冬の日差しに溶けそうに咲く
     水仙は闇にも凛と咲き続け月の光に香り濃くする
     リモコンのボタン押すよう切り替わるきみの気持ちについてゆけずに
     石橋を叩けど渡らぬ向こう岸ひとりぼっちの花いちもんめ
     願いつつ折れど叶わぬ千羽鶴飛べぬ翼を折りたたむまま




 
     あれこれと旅の計画立てながら春物帽子友と買うなり
     わが中にいつから姿消したのか狼恐れぬ赤ずきんちゃん
     実もつけず咲いて散りゆくさくら花ソメイヨシノの春ぞ淋しき
     わが目には見えぬけれどもカメラの目闇を掴みて満天の星
     みどり色五月の山の色見本それぞれ秘密打ち明けるかに
     病室の父の頬ばる血の色の赤き苺ははみ出て落ちる




     新品の真白きシーツに寝る夜は朝来る保障無しと覚悟す
     愚図じゃけん競争相手にかたつむり ちいとずつでも進めりゃええか
     からたちは依怙地なほどの固き実と白き小花の陰に棘持つ
     たすものもひくものも無し野の花のここにある不思議にわれは魅せられ
     母を見たそう思わせる墓参り日陰に群れる青白きシャガ
     地に落ちし椿あわれと今更にわが身燃やして咲くを見ずして






     無駄吠えの多すぎる犬われに似て大きな闇にしきりと吠える
     この秋も律儀に咲いた蘭の花心変わりするわれ責めて散る
     だらだらと生きてはみたがわれはまだ恋とおばけにいまだ出会えず
     君投げし一言で散る花ありて記憶の中に咲く百日紅
     雑踏の人に流されわれは今沈黙隠す場所を探しぬ
     射るような視線受け止め佇めばベンガルの地にわれはよそ者



ときとして家なる器に収まらず自ら檻を作るぞかなし
濃き紅に黒きマニキュア、アイシャドー女に化けて遊ぶ雨の日
新聞の運勢欄の八月にきみを案じて目を止めるわれ
野良猫に手を差し出せば身構えて敵か味方か確かめている
目を閉じて深呼吸する夕まずめわれを解放できるひと時
晩秋の里に人影消え失せて柿の実空に灯る灯となる
食料はわずかばかりの花の蜜アサギマダラは渡りの蝶なる





冴えざえと上から見下ろす冬の月われの一年責められており
何もせずただゆるゆると生きる身の無駄に伸びたる爪を切るなり
いやなこと忘れてしまうに充分な時間と手間で黒豆を炊く
眠れぬと酒を体に流しいれおぼろおぼろの酔いをまつわれ
目の前の海に恋した空哀れ紅く焼けたり闇に落ちたり
長くなる影引きずりて帰る道わが家遠くて月ほどの距離




貸し借りで神が大家のこの星にわれ住人となりし半世紀
おもいきり地団太踏んでわがままを言いたきわれに日向雨降る
「ありがとう」魔法の言葉聞かないとこんなこときっとやってられない
秋深し夕日砕けて柿の実のひとつ両手に包みて帰る
石を真似水を真似ての生きる技まだまだ未熟と揺れてコスモス
紅き川に思いの限り突きつけてわれ流さんと彼岸花折る







編み物の毛糸にじゃれる猫の目は何か企む君の目と似る
せわしげに尾を振り立てて移動するセキレイ二羽にわが目預けん
蜜を抱き熟すわが身を燃えさせて隠しきれない林檎の秘密
秋の日にわれに愛想が尽きた時猫抱き寄せて陽だまりに撫づ
幸せを装う芝居に拍手する値切った炭火のクヌギいじわる
座ししまま山詠み海詠みわが歌に迷路の中は音無く色無く




天井の隅に棲みつくちいさき蛾われと一緒に息潜む夜
若き日のアルバムに見る数々の記憶の後こそ時の正体
雪暗れの日曜日の午後われひとり携帯電話も死んだふりする
香りから姿を探す沈丁花振り向けば母の面影に逢う
空に向けラッパ水仙遠慮なく思いのたけをさぁ吹き鳴らせ
用済みの案山子ぽつんとひとりきりトンボ相手ににらみを利かす







別名を水の器という花の小さき泉を作りて紫陽花
小刻みに秒針の音鳴り響き千切りのごとくわれを刻みぬ
幸せに香りがあるとするならば洗濯物に隠れし陽の香
もうひとりわれと似ている人がいる鏡に中に視線そらして
記憶という景色のない世に父は今春の季節を這うように生く
手の中に花のこでまり沈丁花振りて歩けば香り糸引く



過去という定位置の中落ち着いた母は不在の雪の命日
いつまでも美しいまま冬の蘭甘き香りになぜかイラつく
海風に叩かれていま野水仙俯きながらも香り強くす
チョコレート義理と本命夫(つま)と息子(こ)へ回収されて苦き口中
お土産の黄色き花はチューリップ若きお客は春を持ち来る
里山に尋ね来て見し山桜やさしさ強さ併せ持つ花





秒針の深夜に刻むコチコチは闇を割く音生砕く音
喋りたき心のドアを蹴破ってさあ出て来いと寺山修司
鯵の干物さらけ出されよ腹の内いっそさっぽり背開きにして
花柚子を寄生木にしてテッセンは空の近くでわれを見下ろす
山道にわれに気づけと藪椿手折りて帰ろかここに残そか
さびしさと吾が愚かさに今日だけは星抱くごとく俯せに寝る



火となりて生きた時代のありしかと母の残したミヤマキリシマ
降る雨の受ける器を海となす後に返せとささやきながら
あじさいの花に浮かれる傘の下水に潜れる魚となろう
紫陽花の冷たきブルーひと抱え壺に投げ入れきみを試そう
玄関にトイレの中に台所 こ首かしげたあじさい笑う
暗闇にわが身燃やして飛ぶ蛍高く舞えども星にはなれず





ここからが秋となりますそのドアを誰が見つけて風に頼むか
月見草何か秘密のありそうな そのやさしさに疑いを抱く
いつまでも寝せてはくれぬ雨音に潜り込みゆく夜はポケット
ドクダミを食う虫おらずひっそりと青白き花ばらまきている
きみどりの小さき栗の実手のひらに棘の硬さを確かめており
そこかしこお伽噺の潜むよな祭り前夜の姫島の夜










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