カトマンズから飛行機で30分のヒンドゥー教の聖地ジャナクプルへ移動です。
飛行機だと30分のところ、何が原因か空港で半日待機です。
原因のわからないまま、空港で弁当を食べ10時に出発予定が午後2時半ごろ出発
ま、これがネパール  これが海外の旅


現地空港からジャナクプルのチャット(太陽神)パルワ(祭り)へ
ネパールで最も美しい祈りの風景とされる「太陽への祈り」

この光景は強烈です。

夕日と朝日に結婚した女性が
子供や家族の幸せを祈ります。神への感謝を捧げます。


 






祈りは夕日の沈むまで・・・
このような小さい池は村ごとに何か所かあるようです。


そして朝日の昇るまで


一番大きい沐浴の池の祭り会場に近いホテルにチェックイン
この時期のホテルは
「泊めてはあげるけど、後は知らんからね〜」です。
もちろんボーイさんはいないから四階の部屋まで自分で荷物は運びます。 階段で!!
食事は厨房が閉まっているので自分で作ってね です(-_-;)
今回 幸運なことにヨガをやられている名古屋からの女性の団体さんが
私たち6名分のカレーも一緒に作ってくださいました。 ありがとうございます。
食後、翌日の3時に起きて行く会場の下見に
ここでは英語の単語の連呼も通用しません
各自が自己責任でホテルに戻って来れるように・・・


一番大きい池


池の周りぐるりとお供え物が



翌朝3時に池へ・・・
遠くから来た家族でしょうか 池の周りで寝ている人もいます。
多くの人、この広さ
祈りの終わる太陽が空に昇るまでが自由行動
仲間と会える保証なし




起きてすぐにお化粧や身支度を

お供え物に灯りを






あちらこちらで祈りが始まりました。





だんだん明るくなって






太陽も空に
お腹もすいたから帰ろうか



お接待?
油だらけのお菓子やバナナをいっぱいもらって


帰り道をてくてく
の時
AkoちゃんとMuuちゃんに会えました
が やはり
途中でMuuちゃん 行方不明

ホテルで待って、待ってのところへ
おまわりさんに連れてきてもらったそうです (-_-;)

朝食は蕎麦に前夜の残りのカレーをかけて …(・_・`)

  


ホテルの部屋からの眺め


遅めの??な朝食後
ジャナクプル南3キロのミティラーへと向かいます。







東ネパールのこの地方は、インド国境沿いということもあり
インドからの入国者も多く
2台に分かれた車のドライバーさんはコテコテのインド人青年
日本人もびっくりの 話まるで通じません (>_<)
助手席の私 会話は一方的なスピードラーニング状態でした。


ミティラーの女性は昔から家の壁や床、庭、人形・・・などに
絵を描いて暮らしていました。



どこにどんな絵を描くかは
神さまや季節、祭りなどにより約束事があるらしい

子供たちがすぐに集まって もぶれ付いて来ます。





ほんの80数年前に世界に紹介され、ピカソにも影響を与えたとされるミティラアートは
日本でも新潟の「ミティラアート美術館」で見ることが出来そうです。




その後 ジャナクプルの中心部にあるジャナキ寺院へ
ムガール様式の美しい寺院だ


 


美しい場所には美しい女性が





この子の目が問うている

あんたには愛はあるんか?
まことの愛はあるんか?
祈れや


祈りましたとも
裸足になって

お布施?少額のお金をささげると
額に赤い色の〇描いてちょん をしてもらい
頭には花びらを・・・・
手首に色糸のわっか

3人の、きゃわいい なんちゃってヒンズー教熟女出来上がり
画像があるけど見せない!(^ー^* )フフ♪




あ、そうそう
ミティラーの村を訪れた時
子供たちが私たちをみつけて もぶれ付いてきたのには
目的もあった。

「お金ちょうだい」
「チョコレート ちょうだい」

NOと、答えてもしばらくすると同じことの繰り返し
ポケットの中に手を突っ込んでくる

飴なんか見向きもしない (-_-;)

観光客相手の(外国人)あくどい土産物の売り付けがあったり
(買うまで外に出られない)
祭りの時はインドからスリ集団が観光客相手に入ってくるとか・・

かつてはこのマイティリー族 国の鎖国と言うこともあり
訪れる外国人観光客もなく
いろいろな神から愛を受けていた。
太陽に感謝し、すべての神に感謝し・・・

そこへ近年の外国人観光客
形の見える、味の分かる、即、物が手に入る
分かりやすいものをこの地の人にばら撒いてしまった。

本物の神さまに守られていたこの子たちの将来は
どう変わっていくんだろうか?







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